縁起かつぎ


繁昌・繁栄を願う縁起かつぎの噺

伝統芸能である落語の世界では、縁起をかつぐ様々な習慣があります。
お客様が盛大においでくださるよう縁起をかついだ噺や習慣は数多くありますが、その中から知っておくと落語がより楽しめる一部をご紹介します。

まず、寄席の最初の高座にあがる人が、狸の噺や、怪談噺(幽霊が出てくる噺)をすることがよくあります。これには、狸や幽霊が「化ける」ということから、「上昇する」とか、「成長する」という意味が込められており、縁起がいいとされているからなのです。
また落語の演目に多い旅をする噺も、「客足が伸びる」という意味から、会の最初や、寄席や連続公演の初日には縁起がいいとされています。

泥棒が縁起がいい?

落語には泥棒が出てくる噺も多くありますが、これも縁起の良いものとされています。これには「お客様の懐を取り込む」という意味が込められています。そもそも悪事である「泥棒」を縁起がいいというのは如何なものかと思われる節もありますが、落語の世界に出てくる泥棒のほとんどが、間抜けで愛すべきキャラクターであるという事に関係しているのでしょう。

例えば「だくだく」に出てくる泥棒は、近目(ちかめ。近視のこと)でひどい乱視という設定の、まさに愛すべきキャラクター。なぜか、落語の世界の泥棒は、泥棒には決して向かない性質や性格の場合が多く、その設定だけで笑えるという、今で言うシチュエーションコメディであるとも言ってもいいかもしれません。

寄席文字に込められた願い

高座にも縁起を担いでいるものがいくつもあります。
めくりと呼ばれる、高座の下手(ステージに向かって左手)に置かれている、登場する噺家さんの名前の書かれている紙にも、縁起を担ぐ意味が込められています。めくりに書かれている文字は、寄席文字と言って、落語の歴史と共に独自の発展を遂げた特殊な文字で、歌舞伎で使われる壮麗華美な芝居文字や、相撲の番付表に使われる力強い相撲文字とも異なります。この寄席文字は、良く見ると一筆一筆が非常に太く書かれていて、漢字一文字で見ると、紙の下地の白がほとんど見えないくらい、線と線が重なってしまうくらい間隔の詰まった書き方がなされています。

これは、墨で書いた文字をお客さん、余白を寄席の空席になぞらえて、なるべく空席が少ない様に、大入りになる様にという願いが込められています。

こんな細かい所にまで…。座布団までも縁起をかつぐ?

縁起担ぎの最たるものは、噺家さんが座っている座布団でしょう。
この座布団は、一般のご家庭にあるものと基本的にはなんらかわりのないものですが、座布団というのは、縫製上、四辺あるうちの一辺だけに糸の縫い目(布の切れ目)がありません。その縫い目のない辺を必ずお客さんに向けるようにして置くのがきまりです。

お客さんと噺家さんとの出会いは一期一会。この邂逅を一度限りのものにしないように、(縁の)切れ目、裂け目を避けるという意味が込められています。
寄席や、落語会では、噺家さんの入れ替わりの際に、前座さんがめくりをめくると共に座布団を裏返すシーンに出くわすと思いますが、その際にじっくり観察して見て下さい。必ず、前座さんは座布団を、縫い目のない辺がお客さんに向くように置いています。

これらのように何気ない一つ一つにも、さりげなく縁起をかつぐ様な、様々な意味が込められています。そんな細部に、長い時間をかけて受け継がれてきたこだわりを感じられるのも落語の「粋」と言えるでしょう。