鑑賞レポート
2015年3月7日
「渋谷に福来たるSPECIAL2015 古典ムーブ・春一番」
会場:渋谷区文化総合センター大和田
出演:桃月庵白酒 / 柳家三三 / 春風亭一之輔
雨上がりの渋谷駅西口。さくら通りの急な坂道を少し急ぐ。
坂道を上りきった先に会場の渋谷区文化総合センター大和田が見えてきた。
開演までまだ時間はあるが、入り口に向かう人々は同じように早足。
何と言っても今夜は、押しも押されもせぬ落語界のトップランナー三人、桃月庵白酒師匠、柳家三三師匠、春風亭一之輔師匠、揃い踏みの会。
幸運にもチケットが取れた喜びと少しの優越感、これから始まる楽しい時間への期待で知らぬ間に頬がゆるみ気持ちがはやる。
席に着くとやはり客席全体が幕が開くのを心待ちにしている雰囲気が感じられ、ますます期待が高まる。
太鼓と三味線が鳴り響きいよいよ開演。
開口一番・市助「弥次郎」
三三「橋場の雪」
白酒「付き馬」
仲入り
一之輔「子別れ」
開口一番は、柳亭市馬一門の柳亭市助さん。
まだざわついている満員のお客さんを前に、堂々とした「弥次郎」でしっかり場を整える。
出囃子に乗って柳家三三師匠がふわふわと登場。
ごくごく軽くマクラを振っているように見えるのに、いつの間にか三三師匠の声に意識が集中し、「こたつで居眠り」というキーワードからするりと噺の世界へ。
ネタの「橋場の雪」は、若旦那が夢の中で色っぽい女に誘惑されたことを白状するにつれ、おかみさんが「こうなると思ってました!」と展開する。
その言葉に思わず吹き出しながら「やっぱり!」と心の中でおかみさんに同調。
話さなくてもいいのに、自慢したいのか全部正直に話してしまう若旦那もおかしいが、夢の話にヤキモチやいて、あげくメソメソと泣くおかみさんにも笑ってしまう。
三三師匠が演じるいい女は手の表情がなめらかで艶っぽく、師匠が細身なのも相まって色気が香る。
こんなに色っぽい年増だったら仕方がないかと思えるほど。
続いて桃月庵白酒師匠。
三三師匠の余韻が残る客席の空気を、三三師匠をネタにしたマクラで一蹴。
大胆不敵。
「付き馬」の基本となる登場人物は、金もないもに吉原の妓楼に上がり口八丁で遊び倒す男と、その代金を回収する為に翻弄される従業員の2人。
その遊び倒す男の未だかつて出会ったことのない強引さに、聴いているこちらも「いや、それは無理・・・」と思う間もなく一緒に押し切られてしまう。
言葉巧みに言いくるめられるのではなく、ただ勢いと笑顔に押されて。
憎めない強引さと次々飛び出してくるテンポの良さに客席は爆笑の連続。
途中浅草を連れまわしてあちこち案内するが、有益な情報もなし。とことん笑える。
あまりに自然すぎてこの男は白酒師匠そのままなのでは、と疑惑を抱かずにはいられない。
後日偶然会ってもあの笑顔で「ごめんごめん」と言いながらまたやられそう。
ここで仲入り。
トリは春風亭一之輔師匠。
「渋谷に福来たるSPECIAL2015」初日の全4公演の大トリの出番ではあるが、一之輔師匠らしくいつも通りの気負いのないマクラ。
ネタはお馴染みの「子別れ」だが、この日の一之輔師匠の描き出す世界にも、当たり前だがその演者にしか見せられない世界があり、その都度細部に渡り発見がある。
特に、別れて暮らす父親からもらったおこづかいで「靴を買って毎日大事に履く」と言い、誰からもらったのか母親に嘘をつけずにしどろもどろに話す亀ちゃんがいじらしい。
子供のかわいらしさと子を想う親の愛情もさることながら、夫婦がそれぞれを想い合う気持ちにも心打たれた。
父親と母親が想い合っているのがわかるから、亀ちゃんはなんとか間を取り持とうとしたのだろう。
マクラでご自分のお子さんが叱られる話を楽しそうに話す師匠の、あたたかい「子別れ」。
三三師匠は男女の色恋の滑稽さ、白酒師匠は憎めない小悪党、一之輔師匠は親子と夫婦の情愛と、落語の広く深い世界を三者三様のカラーで描き存分に楽しませてくれた。
古典落語でありながら古典と聞いて思い浮かべる古めかしさ、ほこりくささは微塵も感じない。
といって無理矢理突拍子のない現代風にしているわけでもない。
ただただおもしろおかしく、あたたかく優しい。
これが古典落語の本当の姿なのだろう。
数時間前より口角があがり満ち足りた気分で会場を後にした。
TEXT:鈴木早苗(はじめてらくご) / 高座写真:横井洋司