林家菊丸(はやしやきくまる)インタビュー
林家菊丸が、文化庁芸術祭の大賞を受賞したことと、今年で芸歴30周年を迎えることを記念した独演会を開催する。
女性の所作の美しさをはじめとするはんなりとした芸の印象から一変、侍の噺で芸術祭の大賞を獲得して新境地を開き、その勢いをそのままに東京、名古屋、奈良、三重、大阪、京都と独演会で駆け巡る。
その独演会では、上方落語特有の「はめもの」の実演し、大賞受賞した「井戸の茶碗」を披露し、先代の菊丸が作った噺を現代によみがえらせるという。出し惜しみのない攻めの姿勢と、上方落語への深い愛情がにじみ出る語り口に、今が充実していることがありありと伝わってくるインタビューとなった。
上方落語の「リーダー的な存在でありたい」と想い、「全国に上方落語の寄席を作りたい」と願いを語るこの三代目林家菊丸に注目したい。
取材・文章:加藤孝朗(ハナシ・ドット・ジェーピー)
――落語の原体験はどのようなものでしたか?
最初はラジオです。東海ラジオの毎週火曜日に30分間落語を丸々一本流す番組があったんです。それを聞いてラジカセに録音していました。この番組は東京の噺家さんも大阪の噺家さんも交互に流してくれる番組で、これを聞いていくうちにのめり込んでいきました。
――聞く側からやる側になるのはいつでしょう?
高校生ぐらいですね。放課後に友達を集めて、机を並べて高座みたいにして。笑福亭仁鶴師匠の「初天神」とか、桂春団治師匠の「代書屋」とかを聞きおぼえでやっていました。これがウケるんですよ。それを勘違いしました。高校3年のいよいよ進路を決める時に「大阪行って林家染丸という人に弟子入りするつもりです」と言ったんです。でも、プロの道は厳しいと説得されてとりあえず大学を受験して、落語のために大阪方面の大学を選んで入りました。
僕は三重県出身なので、滅多に落語も見られずせいぜいラジオで聞くのが楽しみでしたが、大阪に出れば毎日どこかでやっているわけで、大学に入ったらすぐに寄席通いが始まりました。色々な人の落語を聞いて、生意気にもこれなら自分にもやれると思ったんですよ。今思うと本当に失礼な話ですが、出来そうやと思ったんですよ、その時。
――大学では落語研究会に在籍をされていました。
はい、落研には入りました。でもやっぱりプロの道でやらないとただの時間の無駄にしかならないと思い始めたんです。落研で4年間やったとしても、プロに入って例えば前座を飛び越えてスタート出来るとか、そういうことはないわけですから。また一からかばん持ちして付き人をやって内弟子をやるのならば、これは早く入った方が良いなと思いました。
――どのタイミングで染丸師匠のもとに入ると決められたのでしょう?
師匠のことはずっとラジオでしか聴いてなかったんですが、もう高2くらいの時には決めていました。他にも売れている師匠はいっぱいいますよ、でもこれは勝手な勘ですけどね、いちばん優しそうに感じたんですよ。行くなら優しいところがいいなって(笑)。あとは、ちゃんと落語をやる師匠が良かったんですよ。人気者でも落語をあんまりしない師匠も沢山いますけれども、尚且つめっちゃいぶし銀の古典の師匠もいますが、それはちょっと地味やなというのもあって。僕の師匠は、よしもとに所属していて毎月花月にも出ていて、花月では古典落語をやらずに三味線を弾いたりその場にあった芸をやるんです。つまり花月では花月のやり方をする。で、落語会や寄席にいったらバシッと落語をやる。独演かやったら大ネタもやる。でもたまにクイズ番組とかにも洋服着て出たりもする。一番バランスの取れた師匠やなと思ったんです。落語も教えてくれるし、タレント性もあるし。その上、その当時40歳代という若さもあっていっぱい落語を教えてくれるだろうなというのもあり、自分にとってはいろいろとメリットのある師匠に思えたんです。
ライバルがいるということで本当に落語にしがみついてきました。
――同期である「平成六年入門組」は、かなり存在感のある人たちが名を連ねています。
辞めた人も入れると全部で11人いました。今残っている人は8人(桂米紫、桂三若、桂春蝶、桂福矢、桂文鹿、桂かい枝、林家菊丸、桂吉弥)です。やっぱり置いてきぼりを食らわないようにという意味では、いいメンバーに恵まれたなと思います。それが生ぬるい仲間だと傷の舐めあいで怠けていたと思いますけど、皆それぞれ積極的に動いているメンバーばかりですから、本当に同期の仲間にしがみついてきたという感じがあります。振り落とされないように、と。吉弥くんが最初に売れて、米紫さんがまだとんぼを名乗っていたキャリアの浅い時にNHK新人演芸大賞を取ったりとか、それに対して当然焦りもありましたし、そういうライバルがいるということで本当に落語にしがみついてきました。
――「落語にしがみつく」というのは印象的な表現です。
しがみついても脱落して辞めていく人がいっぱいいた訳ですよ。なんとか自分も生き残っていくためには、「落語にしがみつかないといけない」。お笑いもそうですが、落語もサバイバルだと思うんです。でもライバルがいたからこそこの位置をキープして高みを目指せたと思います。
――切磋琢磨ですね。
文化庁の芸術祭で大賞を取ったのは同期の中では僕だけなので、皆は皆で僕の存在にも影響を受けてくれていると思います。それぞれが一目置きながら、リスペクトしつつ、「平成六年入門組」という一つの括りのブランドイメージを作り上げてきたという感があります。
――上方落語会は世代交代が急務のような印象があります。東京では、年齢的に言うとより若い世代が出てきています。
まさしく仰る通りで、僕たちが入った時は米朝、春団治、仁鶴、枝雀がいて、文枝師匠がいて、そこから下に八方師匠とか文珍師匠とかがいらっしゃるんですが、そこからだいぶあくんですよね。決して人材がいない訳ではないんですが、ちょっと目を引くことをしている世代となると我々「平成六年入門組」なんですよ。
上方落語協会の総会でも、番組の組み方でも実はそういう意見を出しているんですね。ただ、上方はあくまでも年功序列というのできたわけで、真打制度もなく。ですから飛び越えるということもなく、あくまでも年功序列でいきましょうと。それがある限りなかなか上がっていけないのですが、でも、ちょっとずつ存在価値を出しつつ、今の会長も僕らのことを認めてあげなくちゃというところまでやっときました。
大阪では追い抜こうとすると引っ張り上げてくれるようなメディアもないし、高田文夫先生みたいな影響力のある人もいないし、小佐田定雄さんとか落語作家の先生もいるんですが、まだなかなかそこまでの力はないので自分たちがやらないといけないんです。はっきり言って、僕らが引っ張っていくんだという気持ちでやっています。僕らがトリをとった方が絶対いい芝居の一週間にできるという自負もあります。そんな僕らとて(桂)二葉ちゃんとか出てきていますからね。上しか見ていなかったんですがやっぱり下からも突き上げがすごい。上方も本当に世代交代をし始めたばかりなのですが、色々な動きがあります。次の(上方落語協会の)会長選挙には(笑福亭)銀瓶さんが立候補したりと、ね。ちょっと変わっていくと思います。是非、上方に注目してもらいたいですね。
――上方落語の未来は明るい?
決して暗いものではないです。上手い子も多いし、若いお客さんも増えていますし。あと、もうひとつ殻をぶち破る何かができればと思います。もちろん落語は個人プレーなので個人が頑張ることなのですが、団体としてブランド化は必要だと思います。東京の成金のような、ね。「平成六年入門組」がなんか動いているぞというのを大阪だけでなく、あちこちで見せて行かないといけないと思っています。ブランドイメージをあげていくということをしていきたい。それを見て、また後輩がついてきてくれればと思っています。
――菊丸さんはどのような立ち位置でいきたいか?
春蝶くんが壮大なテーマで落語をやっていたりしますし、かい枝くんは英語でやってみたりとか。でも、それはそれで人それぞれのスタイルですから。僕のもとには、結構若い子が稽古に来てくれるんです。僕は幸いにも自分の師匠に厳しく基本を稽古してもらいましたので、ちゃんと基本を教えられる先輩でいたいとまずは思います。だからと言っていぶし銀の方に行きたいのかというと決してそうではなく、現代的な感覚で、今の人が聞いたときに古典に違和感を覚えないように、整合性は取れている演出をして古典を世に出したいと思っています。奇をてらう芸風にはしたくないんですが、今の人に古典を聞いてもらってストンと落ちるような噺をやっていきたい。あくまでも所作とか基本のことは丁寧にやっている上で、そういうタイプを目指したいですね。
全国に上方落語の寄席を作りたい。たとえ小さくとも。
――4月28日に東京から始まる「芸術祭大賞受賞&芸歴三十周年記念」の全国独演会についてお伺いします。まずは、この公演では芸術祭大賞を受賞した理由にもなっている「井戸の茶碗」がネタだしされています。
はい。東京、名古屋、三重、大阪では、「井戸の茶碗」はやります。
――芸術祭大賞の授賞理由が「女性を描くことに定評があるけれども、侍の噺で新境地を開いた。現代感覚にマッチした演出も光る」とありますが、今までのイメージから離れた侍の噺を手掛けた理由は?
独演会をキャリア10年目から続けていますので、芸術祭の大賞をいただいたのは18回目の独演会だった訳です。独演会には1回目から来てくださっている常連さんも多くいます。なので、その都度大ネタを毎回出してきたのですが、いつのまにやら女性を描くはんなりしたお茶屋の噺とかの評価が高くなってきたんです。ただ、そればかりというのも面白くないし毎年やっている独演会な訳ですから、一回いい意味でもお客さんを裏切ってみようということでがらりと違う侍の噺ばかりを3席にしてみたんです。これは芸歴10年目から独演会を続けてきたからこそ、違う自分を見せようと思えました。
――やってみていかがでした。しっくり来たんでしょうか?
しっくりきましたね。それまでも芸術祭はずっとエントリーしていたんです。で、ご存じの通り審査員が客席のどこかから見ているわけなんですよ。いままではどこかにいる審査員を意識して落語をやっていた感はあったんですよ。審査員の喜ぶようにとか、キメの所作とかをやってみたりとか、芸術性が高いなと評価されるようにやってみたりとか、客席の審査員のことが頭の半分以上を占めていました。
今回は、これが最後の芸術祭(注:2022年で一旦終了となった)ということで、もう思い切っていこうということで、お客さんだけのことを考えたんです。長いこと独演会に来てくれているお客さんは僕の侍の噺なんかは全く聞いたことないなと思って、だからつやっぽくないネタで行こう。お客さんのためだけを思って、お客さんを良い意味で裏切ろうと。その時は、審査員が座っているであろう客席は意識せずにやりました。そうしたらなぜか、大賞をいただけたんです。
あと、人情噺といえどもあまり泣きの演出にせずに、人情喜劇のように笑える人情噺として仕立てていますので、そこは聴きどころだと思います。
――東京であとネタだしされているのが、「吉野狐」です。
「吉野狐」は、先代の2代目菊丸の作です。歌舞伎をモチーフにしていて「天神山」とか「猫の忠信」という噺とよく似たもので、狐が人に化けて出てくる噺です。なにしろ2代目が作ったという情報だけが残っていて、音源だとかはほぼないんです。聴きどころは、大阪のうどん屋の符丁、メニューですね。大阪やったら「たぬき」といったら揚げの入ったお蕎麦のことで、東京でいう「きつねそば」のことですね。「あんかけうどん」のことを「よしの」といったり、「きつね」のことを「しのだ」といったりとか、そういううどん屋の符丁がオチに関係してくるんですけども、とても大阪らしい、古い大阪の噺ですね。それを古臭くないように、面白おかしく脚色しお聞かせします。
菊丸の名前だけ継いでね、のほほんとしていたらあかんと思うんです。だから先代の作った作品をもっと世に出していきたい。他にも、「不動坊」は2代目菊丸の作なんです。まあ、「不動坊」は皆やりますからね、これは完全に世に出ている作品だなと思います。あと「堀川」というものあるんです。これも大阪では結構な人がやるんで、一番誰もやらなかったこの「吉野狐」を発掘して、やってみようと。だから東京、名古屋でやるのは初めてです。大阪でしかやっていないので。
あと、この公演では、「はめもの」という寄席囃子の実演もやりますから、東京の方には是非見ていただきたい内容です。
――上方落語の良さが集約されている内容と言えますね。
はい。これぞ上方落語という内容です。上方というとなんか下品だとかね、笑福亭の豪快なイメージっていうのがあるじゃないですか。「らくだ」のような豪快な感じの。ただ、本来大阪弁というのは決してそんなにキツイ言葉ではなくて、やさしいはんなりとした言葉でもありますしね。上方の林家はうちの師匠に代表されるように歌舞音曲、踊りをやって鳴りものをやって、歌舞伎の知識をつけてと、そういう様式美というものを大切にする側面があります。だから今回は、上方落語の様式美を是非味わいに来ていただきたいですね。
――最後に、この先40年、50年を見据えて、どのような存在を目指しますか?
常にリーダー的存在でいたいと思います。その上で、全国に上方落語の寄席を作りたい。たとえ小さくとも、全国に上方落語のコヤを作りたいと思います。ありがたいことに全国でお仕事をさせてもらいまして、言葉の壁ももうないと思っています。我々同期で、3人会、4人会を全国でまず手始めにやって種まきをしていって、僕らが上方落語協会で中心の執行部になった時には、全国の主要都市には繁昌亭というのがあるというようにしたいですね。やっぱりコヤを作るというのは、芸を繫栄させますよ。よしもとが強いのは劇場なんですよ。劇場があるという強み。だからやっぱり喋る場所を作っていくというのが、最も大事なことだと思っています。
「文化庁芸術祭大賞受賞&芸歴三十周年記念 三代目林家菊丸独演会」
■東京公演
日時:4月28日(日)開場13:30/開演14:00/終演16:00
会場:紀尾井小ホール
料金:前売 3,500円 当日 4,000円
チケット販売:FANYチケット・チケットぴあ
■名古屋公演
日時:5月25日(土)開場14:30/開演15:00/終演17:00
会場:大須演芸場
料金:前売 3,500円 当日 4,000円
チケット販売:FANYチケット・チケットぴあ
■奈良公演
日時:6月8日(土)開場13:30/開演14:00/終演16:00
会場:たけまるホール
料金:前売 2,500円 当日 3,000円
※チケットは順次販売を開始します。
■三重公演
日時:7月7日(日)開場13:30/開演14:00/終演16:00
会場:四日市市文化会館第2ホール
料金:前売 3,000円 当日 3,500円
https://yonbun.com/news/21212.html
■大阪公演
日程:9月23日(月・祝)
会場:なんばグランド花月
※その他の詳細に関しては後日発表
※チケットは順次販売を開始します。
■京都公演/11月予定
会場:よしもと祇園花月
※その他の詳細に関しては後日発表
※チケットは順次販売を開始します。
【演目】
※東京公演・名古屋公演
上方寄席囃子実演
林家愛染 隣の桜
林家菊丸 吉野狐
~中入~
林家菊丸 井戸の茶碗