公演レポート6/7「広瀬和生を聴け! 三遊亭兼好の落語とスペシャル対談の会」


2022年6月7日に渋谷のユーロライブで行われた「広瀬和生を聴け! 三遊亭兼好の落語とスペシャル対談の会」を見た。

この会は、落語ファンには圧倒的な知名度を誇る落語評論家の広瀬和生の新刊『落語の目利き』(竹書房)の出版記念の落語会であり、出演者にはこの本でイラストを描いた三遊亭兼好も名を連ねるというもの。

ここでは今更の説明は不必要だろうと思うが、念のため。広瀬和生氏は、世界最大の実売部数を誇るヘヴィ・メタル/ハード・ロック専門誌である『BURRN!』の現役の編集長であり、現在の落語評論の世界では最も高い知名度と信頼度を誇る人と言って過言ではない。その圧倒的な知名度とはとにかく落語の現場での遭遇率が高いことから来るもので、広瀬氏と会場で遭遇したことのない落語ファンはいないのではないかと思えるほどだ。

プロフィールによると、「東京大学工学部都市工学科卒業後、レコード会社勤務を経て、1987年より「BURRN!」編集部に入社、1993年から同誌編集長を務める。学生時代から寄席通いを続け、年間三百五十回以上の落語会、千五百席以上のの高座にナマで接している」とのことだが、当たり前だが、音楽のライブの現場でもお姿を見かける。

筆者も実は音楽業界との二足の草鞋であるため、ライブの現場で遭遇し、落語の現場で遭遇しと、とにかく、その遭遇率の高さに常々驚愕していた。そして、とりもなおさず、その遭遇率の高さが氏への信頼度の高さに繋がっているであろうことは想像に難くない。他に、そんな評論家はいないからだ。

そんな氏の新刊『落語の目利き』は、週刊ポスト(小学館)で2017年8月16日~2021年9月27日まで連載されていたコラム「落語の目利き」を加筆・修正・セレクトしたもので、会の入場料にはこの本の料金も含まれており、入場時に来場者に配布されていた。

本の出版記念の落語会というやや変則的な興行の成り立ちや、書籍代も含まれるというやや高額に感じるチケット料金のためか、大入りとはいかなかったが、会場では入場時から既にほかの落語会では感じることのない静かな熱気を感じた。と、いうのも、入場者のほぼ全員が熱心に入場時に渡された本に目を通しているのだ。ニューエイジ調の音楽がSEとして流れている場内では、静かにこれから登場する本日の主役である落語評論家を待っている。レアな会である。

本の出版記念に落語会をやるという変則的な興行にやや戸惑いながらも、広瀬氏の名を世に知らしめた落語ガイド本の傑作『この落語家を聴け!』(2008年)を実際の落語会として立体化した落語会のシリーズがあったことを思い出していた。

これは、下北沢にある北沢タウンホールで行われていた人気企画『この落語家を聴け!』だ。会のタイトルはズバリ、広瀬氏の名著と同じで、毎回落語会のトップランナーを招いてその高座を見た中入り後に広瀬氏がその落語家にインタビューをたっぷりとするという構成だった。人によって受ける印象は違うかもしれないが、この会のメインは後半に置かれたインタビューで、落語はそのメインを構成するために必要な要素という位置づけだったと言っていいだろう。

このシリーズは、シーズン1と、シーズン2で各10回、計20回開かれた人気企画だった。企画運営は、北沢タウンホールの運営を請け負っていた会社の方が担当していたので、その会社がホールの運営から離れたあと、企画も終了してしまったと聞いている。

この日の構成は、まず広瀬氏と兼好師のオープニングトーク。その後に、兼好師の「権助魚」、そして広瀬氏と兼好師の対談。中入りを挟んで、最後に兼好師の「天災」をいう流れだったが、兼好師は先述の『この落語家を聴け!』に準じるような対談を中入り後にたっぷりとやるという構成と想像していたようで、「今日は軽い噺しか用意していませんよ!」と少し慌てたようだったが、続く広瀬氏の「軽い噺こそ落語の醍醐味です」という発言に観衆が大いに頷いていたのは印象的だった。

対談のコーナーでは、広瀬氏の生い立ちからじっくりと。落語との出会いや、東大時代に下水処理の研究に日々没頭していたこと、髪を切るのが嫌でレコード会社を受けたこと、そこから音楽誌への転職、『この落語家を聴け!』を出版するまでのエピソードなど、興味深い話が次から次へ。そして大いに会場を沸かすところはさすが自らも頻繁に会などでトークを披露しているだけはあり、その軽快な話術は見事の一言だが、その陰で、軽快にツッコみ、時には深く切り返す兼好師の聞き手としての技量にも目を見張るものがあった。

特に、広瀬氏の「落語会のチケットは自分で買っている」という件に兼好師が強く反応し、「それまでの評論家先生は、ご招待をすると、まずは楽屋に顔を出しに来て、そのあと表に回って落語を聴いて、また楽屋に戻ってきて。こちらもいいことを書いてもらいたいから懸命に機嫌をとってと。それは、何か間違っていた気がする」と言っていた部分は印象的だった。

それまでの(いや、今も存在する)評論家先生たちへの痛烈なカウンターとしての広瀬氏の存在は、実は、ずっと渇望されていたのではないかとまで思えるほどだ。

この対談で最も強烈な印象を残したのは、広瀬氏の「褒めるだけで批判はしない。嫌いな噺家はスルーするだけ」という姿勢だ。この故・淀川長治氏にも通ずるスタイルは受け手の信頼を得やすいが、単なる迎合として一蹴される可能性もある。ただ、広瀬氏の年間350回以上の落語会を見ているというこの圧倒的な行動が、そんな批判を沈黙させる力となっていることも確かだろう。

徹底的な現場主義が信頼となっている、それが広瀬氏の強みだ。

広瀬氏は、観客からすると落語会でとにかく遭遇する評論家として親しまれ、演者からは演者とフラットな関係でとにかく頻繁に会場に通い続ける評論家として評価されているという、まさに観客と演者を繋ぐ存在としての立ち位置を確立している。

その誰にも到達しえなかった場所から書かれる、発せられる言葉は、全く難しいものではない。

この夜の対談と、帰宅後に読んだ新刊に込められた言葉からは、信頼から生まれる言葉の強さを感じることができた。

ちなみに、人気企画としての『この落語家を聴け!』の落語会のスタイルは、その後、代官山のライブハウスである、晴れたら空に豆まいてで開催されている『代官山落語夜咄 Produced by 広瀬和生』に引き継がれており、高座の後にたっぷりと対談が聞くことができる。

直近では、『第27回代官山落語夜咄 三遊亭兼好ひとり会『陸奥間違い』 Produced by 広瀬和生』が6月27日(月)19時開演で行われ、配信でも見ることができる。

加藤孝朗(ハナシ・ドット・ジェーピー)