【レポート】2015/4/30 白鳥・三三/両極端の会 (Vol.9:三遊亭白鳥/柳家三三)。


白鳥・三三/両極端の会(Vol.9:三遊亭白鳥/柳家三三)@紀伊国屋ホールへ。

定席の寄席以外で落語会に行くのは、大体大きく分けて3つのエリアでしょうかね。

ひとつは地元・人形町を中心に下町エリアで深川や湯島もこの範疇。
もう一つは成城/下北沢などの世田谷エリア。
ここには意味合い的には渋谷や恵比寿も入る。
それと最近は数は多くないけど新宿。それと池袋。

まあ落語会なんで、どんな出演者(顔付)かで興味湧けばどこへでも行く。
じゃあそのエリアの括りってなんだ??ってとこなんですが、それはお客さんと会場の持つ雰囲気でしょうか?
世田谷(&渋谷/恵比寿)は、わりと落語の捉え方が「思索」的かな。
落語を観て、聴いて“何を考えるか、思うか”とかが問われるイメージ。

対して下町は、どっちか言うとその逆で“なんか様子いいねぇ”とか、“お!ちょいといい感じ?”とか、笑って笑って、時もシガラミも何も全部うっちゃっちゃおう…みたいな。
まあだから住んでるってのもありますが…

じゃあ新宿/池袋、特に新宿は??
これは「物語」なんじゃないかと。
お客さんは自ら行動して、演劇や映画とも違う「物語」の面白さやエネルギーを欲っしてんじゃないかと思う。

なんとなくそんな心持ち考えて行ってるかなと。
まあ、どこでもそんなん気にせず笑って楽しめれば、それが落語の自由なんでしょうが…

白鳥・三三/両極端の会は新宿・紀伊国屋ホールで今回で9回目の開催。大体年一回ペース。
古典の旗手。若手のトップランナーの一人と言われ続ける柳家三三。
それと新作/多作、とにかく面白いと思えば“笑い”を量産する新作落語の三遊亭白鳥。
同じ落語のフィールドながらもっとも端と端にいる二人の会。
この二人会を行う時点で、すでに“何かが起こる”と期待させる。
更に毎回交互に相手に自分のフィールド(古典/新作)でのトライをさせる。
それも前回の会の終わりに次回への宿題というカタチで。

今回は白鳥→三三へ
“自分(白鳥)の持ちネタから、古典を改作した変な新作を一つ演って”というもの。さて。

演目は、
ふたりトーク:三遊亭白鳥/柳家三三
三遊亭白鳥「越後ヒスイ奇談」
仲入り
柳家三三「メルヘンもう半分」
エンディングトーク:三遊亭白鳥/柳家三三

まずはご挨拶がてらの、二人で出てきてのトーク。
まずは白鳥が、落語の基本“かみしも”が最近わかったって話しから、西城秀樹のLiveに二人でゲストで出た話し、またこの会を関西でも開催したいということ出向いた西宮での話し等々。
いつものように話しが、あっちこっちと飛ぶ白鳥ワールドゆえ、最初の話しなんだっけ?みたいなもん。
西宮のホールは、指揮者の佐渡裕さんが舞台監督なのか監修なのか、さらっと話しを進めようと三三が言うと
“ちょっと待って!佐渡裕って誰”
“ああ、指揮者ってチャコフスキーみたいな??”
ボケ全開
“(三三に)そういうけど、おまえ、俺はドラゴンボールとかは、ずうっと話せるぞ”
宿題をこなす人が基本はトリ。

まずは白鳥が上がって「越後ヒスイ奇談」
これを度々白鳥の新作に登場する噺家・柳家ミミちゃんヴァージョンにして、噺の前半は暴露っぽいギャグも入れて。
ツチノコ探しに行った糸魚川で、ヒスイを見つけて…って噺だが、この日は何の加減か噺が上手く入ってこないというか、筋書きで強引に持っていってしまうほどでもなく。

仲入りはさんで三三師匠。
「萩の月由来」とかだったら?と期待半分思ったが「メルヘンもう半分」
上がって冒頭
“白鳥兄さん、自分の出囃子(白鳥の湖)がチャイコフスキー作だってことをさっき楽屋で初めて知らされて…”上品かつタイムリーな掴み。
怪談噺「もう半分」の安酒屋の夫婦と毎度“もう半分”だけ飲むうす汚ない爺さん、これをスナフキンとミーの夫婦とムーミンに置き換えて。
白鳥師匠で聴くと奇想天外に面白い。
が三三師匠はそれに秩序を与えてちゃんと昇華させる。
更にところどころでのムーミンのストーリー展開でのギャグも入るので、段々聴いてると物語が愛おしくなる。

「混乱に秩序を与えるのも芸術」って言ったのは大江健三郎だったか…毎度白鳥→三三のお題では起こり得るのだが、この整理から再構築が素晴らしい。
白鳥がこの噺を演ると“こわ~い噺も、メルヘンで中和して”とか言うが、ストーリーは怪談噺のままなので、あんまりそうはならない。
しかし三三は、最後にはサゲに志の輔「新八五郎出世」のような工夫を入れて、やんわりと客に向けて
“こんな包装でよろしいですか?”的にサゲる。
紀伊国屋ホールは、座席にクッション(座布団)を嵩上げで自由に使えるのですが、サゲ終わりで喝采。
このクッションを国技館/結びの一番番狂わせさながら飛ばしたかった奴は結構いたんじゃないか?
お見事。鮮やかでした。

エンディングトークでは、
“いやぁこれで三三師匠、またひとつ…”と自分の新作の華麗な変貌に溜飲下げて、三三を持ち上げる白鳥。
対して
“いやいや、もう演りません…”
「殿様と海」や「任侠流山動物園」に比べると、あらかじめ知っておかねばならないことが多い噺。
前提が多すぎるから、(演者と客で)目的がはっきりしないとやりづらいのはある。
でもそんなことより一期一会。
怪談噺がこれだけメルヘンになって、それが衒いなくすっと入ってくれば十分でしょ。

三三師匠最後に
“皆さん、今日のことは、他所行って言ったり、あんまり書かないでください…”
と言われても…自信と感触は本人が一番分かってる。
今年確実に“え!?あれ現場で観たの?”と言われるひとつ。
“Yes! I was there.”
ちょっとした“春風のいたずら”の起こしたキセキか…
まあだから新宿は“ドラマ”なんだよね。

TEXT:凡梅@STREET-WISE